全国の「小京都」の数が減少!小京都とはいったい何か?

「小京都」を名乗る自治体が減っている。
京都に似た町並みや文化を持つ自治体でつくる「全国京都会議」は1999年の56をピークに、現在は3割減の40にとどまっている。
「北陸の小京都」と呼ばれた石川県金沢市や「飛騨の小京都」と呼ばれた岐阜県高山市も離脱している。
かつて人々を旅に駆り立てた「小京都」の3文字は、その魅力を失いつつあるのだろうか。
全国小京都会議は1985年、京都観光協会の呼びかけで秋田県角館町(現仙北市)や島根県津和野町など27市町が設立した。
観光パンフレットの共同制作など、観光客誘致のための協働活動を展開してきた。これまでに63市町が参加した。しかし、2000年以降、脱退する市町村が増え、現在までに24市町村が脱退している。
2008年に脱退した金沢市は、「金沢は昔から城下町だった。宮廷文化の京都とは違うという意見が昔からある。」
長野県松本市(2004年撤退)も城下町であることを撤退の理由に挙げている。岩手県高山市と盛岡市も「小京都」の看板を下ろした。
福井県大野市は2004年に撤退した。
しかし、その後、越前大野城の人気が高まり、「大野市ならではの魅力を伝えたい」との理由だ。
年会費5万円が理由というケースもある。岩手県遠野市は「東日本大震災で観光客が激減し、財政難」、熊本県人吉市は「熊本豪雨の被害からの復興を優先する」として2012年に脱退した。
2007年に脱退した京都府亀岡市のように、「期待したスケールメリットが感じられなくなった」と、加盟自治体数の減少を理由に挙げる町もある。
一方、京都ブランドを大切にする自治体も少なくない。
2003年に加盟した福島県棚倉町は、東日本大震災による観光客の激減から立ち直る道を模索する中で、京都会議に注目した。
大徳寺(京都市北区)に初代棚倉藩主の墓があることから「東北の小京都」とアピールする戦略を取り、関係者によると「小京都」を目当てにした観光客が増えたという。
「小京都」は、よく知られたブランド「京都」の一つの「文脈」ともいえる。
それは、映像作品や小説などの「ジャンル」に似ている。
ジャンル自体が盛り上がっていれば、そのジャンルに属する作品はよく目にする。例えば、「ゆるキャラ」「天空の城ラピュタ」「温泉」などがそうである。
この場合、地域を知ってもらうきっかけとして、「京都らしい」文脈を取り入れるかどうかという話だと思います。
これは、それぞれの地域がメリット・デメリットを判断した結果であり、健全な状態だと思います。
一方で、旅行者側の認識の変化の表れでもある。マスツーリズムや団体旅行が主流だった時代から、観光旅行のあり方や観光資源そのものが多様化してきている。
それは、「京都らしい」と理解せずとも、それぞれの地域の魅力を理解する旅行者が増えていることの表れかもしれない。
旅が多様化していく中で、小京都が今後どのように変化していくのかが問われているような気がします。
今日は以上です。